ポジティブに考えればポジティブになる。
ネガティブに考えればネガティブになる。
我々はそんなあたりまえの簡単でシンプルな事実が、何らかの理由や事情によってわからなくしている事が多々ある。
それが迷いであり煩悩である。
この理由や事情とはどこから生じてくるかと言えば妄想からである。
この世界は全て自分の妄想である。
何故なら我々は自分の脳が判断して生じたものを感じ取っているだけであり、どこまで科学的に知ってもそれは自分の認知体験でしかなく本当の現実世界を見れないからである。
詳しくは唯識論の記事を参考していただきたい。
しかし妄想は観念が可能になる。
観念的にポジティブになれば元気になるしなんとでもなるのである。
良い妄想を抱けば良くなるというわけである。
妄想の世界であるからして妄想でなんとでもなるというのが密教のコアな部分である。
妄想という観念によって良くなるという意味から、観念する、諦めるの意味になったと思われる。
ではなぜ簡単に観念できず妄想が変化しないのかというと阿頼耶識という無意識が関係している。
阿頼耶識については別記事を参考していただきたい。
ポジティブに考えればポジティブにネガティブに考えればネガティブになるという簡単な事が事情によってわからなくしている迷い【仏教入門・仏教密教・哲学・スピリチュアル・観念・煩悩・瞑想】
2025/01/24
コメントを残す